デザイナーはそろそろエモい職業に回帰してもいいんじゃないか


一瞬の気の緩みから直近の3記事くらいが消えてしまって、あーあって気分になって、もうやる気出ないので、せっかくだからエモい記事でも書こうと思います。

エモいデザインをしてはいけない風潮

今でこそUXとかIAとか、分析だーデータだーと言われますが、以前は「webデザイナー」であってもせいぜいUIの領域くらいまでしか要求されませんでした。
いえ、実はデザイナーは、要求されなくてもデザインする際にはそのほかの領域まで考えていたはずなのですが、そこに共通言語の名前がついていなかっただけかもしれません。
デザイナー=見た目を作る人(絵を描く人)という認識の中で、ほかの領域に手を出す権限が与えられず、また許容されず、そもそも蚊帳の外になっていたともいえるのではないかと思います。

ここ数年で、そういった領域にわかりやすい名前が付きました。
名前が付いたらすぐに広まるネットワークが築かれました。
それと同時に、ツールや情報技術の発達で見た目を作るだけなら簡単にできるようになりました。

このあたりからデザイナーには、カッコイイ見た目を作れるだけではなく、サービスやプロダクトに関わるありとあらゆることに精通していなければならないという「使命」が課せられるようになってきたと感じています。

さらに、デザイナー界隈でも「デザインは理論」「デザインは計算して作るもの」「個性や感性から生まれるものではない」といった認識が広がっていますよね。
というか、もともとその認識を持っていた人たちがそれを発信することができるようになったので、誰もがその考え方に触れる機会が増えてきて感化されていっているという印象です。

この主張自体はまったくそのとおりだと思います。

デザイナーはいつも「自分ではない者」のことばかり考えていて、「自分の中にないモノ」を生み出し、表現することに苦しみ続けています。

自分の思い付きだけで、なんとなく、かっこいい感じのものを作って、それで褒められれば、ああ、どんなに楽で、そして楽しいことでしょうか!

そして、この仕事を続ける長いデザイナー人生の中で、思い付きだけで楽な仕事をしている、自分の好きなことだけやっていて楽しそう、という誤解から生まれる不幸な出来事をたくさん経験します。
ほかのデザイナーがそんな経験をしていることを知る経験もします。
同じ職場でそんな経験をしている現場を見る経験もします。

そうすると、主張したくなる。

デザインはセンスじゃないんだ!
エンジニアと同じだ!
営業でも事務でも同じだ!
どんな仕事でも同じだ!
努力、知識、技術、すべて自分で積み重ねてきたんだ!
そこを認めてくれ!
金払え!
ていうかセンスだと思ってるならもっと金払え!

デザイナーはエモい生き物だった

インターネットが普及するまでは、それこそ紙媒体は個性の塊でした。

ポスターのときはこういうレイアウトじゃなきゃダメ
A4判なら●●mmのヘッダと●●mm以上のロゴを表示しなきゃダメ

そんなルールありませんでした。
ほかのポスターとまるっきり違うレイアウトで良かったのです。

もちろんデザイナーが自分の感覚だけで作っていたわけではありません、が、そこにはおのずとデザイナーの色が滲んでいました。

webサイトもそうです。
モバイル端末が普及するまでは、多くの企業が、または個人のサービスも、もっともっと、自分なりのデザインを展開していましたよね。
使いづらいサイト、読みづらいサイト、いろいろでした。
見たければユーザーががんばりました。
ユーザーがそのサイトに慣れるようにしていたのです。

使いにくいけど、すき。

そんなサイトもたくさんありました。

サイトそのものの存在が魅力的で、それを作った人を尊敬したり、自分も作りたいと思ったり、自分には作れないと悩んだりしました。

ある人の「センス」とか「個性」とかが、他人には得難い特殊なモノとしてなんとなく認識されていて、誰にでもできることではないという尊重があったように思います。

それによってある種、利権が守られていた。
そこをデザイナー自身が崩し始めていて、こんなもん誰にでも身につけられると吹聴しています。(私もしています。)

機械ができるようになったことは機械にやらせちゃうから、デザイナーはもっと上の、もっと先のこと身に付けなきゃ!って、焦らされてる。

でもどちらかというと、デザイナーの個性や感性で見た目を作るお仕事よりもっと上の、もっと先のことを、機械がやってるわけじゃないですか。
人間より高精度で人間より効率良く。

今はもうマーケティングに関してはツールもサービスも充実してて、いくらでもデータ分析できて、SketchとかSTUDIO使えば効率よく効果的なデザインが作れるし、なんだったらブランドの個性よりもユーザー重視で、ユーザーの見慣れたOSのデザインガイドラインに沿って似たり寄ったりのモノ作っちゃうし、マジこんなのAIで十分って感じ。

みたいになっちゃってますよね世界が。

使いにくいとか、ありえない。

そういえば、そんな感想ばっかり生まれる自分に気づきました。

なんか、かなしいし、さみしいことだな、とおもいました。

1周まわってそろそろエモろうぜ

そういう機械的に作られたものが、当たり前で、そうでないものは、ポンコツ。
みんなが最善手を目指して同じ施策をしていったら、神の一手は似通った答えに行き着いてしまうかもしれない。
つまらないですよね。

それを差別化できるのは、人間にしかないモノのはずだし、それを磨いて、それを目指そうとしているのが我々デザイナーだったはず。

その人間にしかないモノこそが「エモさ」だと思うんです。

エモさ、必要じゃないですか?

それすらも数値化できますか。
その他大勢から出された数値が、そんなに自分にフィットしますか。
「なんかわかる」みたいな適当な感覚がもっともしっくりくること、ありませんか。

そうそう、

「しっくりくる」ことのだいじさ、ですよ。

どんな型に当てはめようとしても、どんな砂利やどんな砂詰めてもしっくりこなくて、さいごの仕上げに水を流し込むようにきれいに隙間埋めてくれる、そういうしっくりくるモノの正体ってエモさじゃないですかね。

エモいところにとても近い職業、それが我々デザイナーですよ。
ナイーブでセンシティブでフラジャイル。
扱いにくいエモいヤツ。

これから先、もしもエモい領域が必要になったら、デザイナーの出番ですよ。

感性、磨いておきたいです。